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長期・後半

25日、すこし朝寝坊をしてRと仙台駅へ。
 駅中のずんだ屋で美味しいと進められたずんだ餅とシェイクを頂く。
 これが予想より遥かに美味しく、この2日間ずんだ三昧となった。
 列車に乗っていざ平泉へ。同じ匂いの旅行者が数人見られる。
 津波や地震の被害の酷い地域を通った、この時はまだ余り感じなかった。
 平泉はとても人が多かった。
 神奈川から来たというお兄さんとレンタサイクルの説明を受け、平泉へ繰り出した。

 道も良好、天気も良好、景色も良好。調子に乗って少し迷った。
 歴史には疎く、オススメを聞いて忽ち中尊寺に行くことにした。
 麓の観光客用の店でわんこそばのようなものを頂いて、中尊寺へ。
 道が趣があって良い、松尾芭蕉は好きで、この道を通れるのがちょっと嬉しかった。


 結構上り坂はきついけど、その分空気や景色が気持ち良い。
 矢張り今は人が多かった。
 途中の御茶屋で抹茶を頂き、幾つかお寺をお参りした。
 金色堂はかなり奥のほうにあるらしく、その手前の資料館もじっくり見た。
 宝飾品として石を勉強するに当たって、昔の装飾品、その歴史等も知る。
 そういった装飾技法がこの金色堂にも施されており、とても勉強になった。
 矢張り、石も歴史も全て繋がって流れているものだと感じた。
 金色堂は本当に金ぴかで豪華絢爛だった。
 日本は石の歴史が浅い。
 金や漆や貝や木で、様々な装飾をしているようだ。
 石を使わずとも美しいものを作り上げた日本だから、石の歴史が浅いのだと感じた。
 糸魚川や出雲のような石が沢山採れる所で、ひっそり石が加工されてきたのだろう。
 歴史に疎い自分でも、この金色堂の豪華さには神々しいものを感じた。
 帰り道で母にお土産で目に良いというお守りを買った。

 駅に戻って仙台へ戻った、行きの列車でも一緒だったお姉さんと少し喋った。
 福井から仙台の友人を訪ねて来たらしい、明日福島に行くそうだ。
 仙台ではハピナ通り・クリス通り・サンモール通り(名前違うかも)をぶらぶら。
 ハピナ通りの途中でオススメされたおすし屋さんに入った。安くて美味しいらしい。
 仙台名物のホヤがなかったのが残念、まぐろもサバも美味しかった。
 薬屋が多いけんクリス通りかしら?ってくらい薬局が多かった。
 途中の仙台アイテムを売っているお店で、玉虫塗りという小物入れを購入。
 サンモール通りでは何か食べ物系のイベントがあったのか、屋台がちょこちょこあった。
 夕刻で、どれも閉まっていたのが残念だったが、どんな活気があるのか想像できた。
 広島の本通を思わせるアーケード街で、素敵な街だと思った。
 駅前のヤマダで、スマフォの前から欲しかったカバーを探し当て買った。

 仙台駅周辺のホテルの最上階で、高級スパにリーズナブルに入れるらしい。
 ずっとホテルのシャワーだけだったので、ゆっくり入りたいと思い行ってみた。
 それはもう、高級スパだった!え、この値段で入って良いの?と思った。
 じっくりじっくりサウナと浴槽を行き来して、さっぱりしたお風呂あがり、
 仮眠室のような静かな部屋でくつろいでいると、何も言う前にお水を出してくれた。
 コップが空になった頃注ぎに来てくれる、ビップ待遇に驚いた。
 宮城の情報誌を眺めながら、閉館ギリギリまで居てしまった。

 夜の仙台を少し歩いた。
 本屋に行くと、震災の記録や津波の被害の本が山のように置いてあって驚いた。
 当然のことなのだろうが、ニュースを見ても、広島よりも断然原発のニュースが多い。
 その夜また合流したRに言うと、それでも真実が伝えられているの?と言われた。
 メディアが脚色し与えられた、受動的な情報しか知らない。
 Rは、明日私が松島を案内する、と言ってくれた。


 26日、Rに任せ松島へ。
 昨日乗った同じ列車なのに、Rは窓から一つ一つ説明してくれた。
 あそこは前あんな大きな建物があった、あそこは空き地じゃなかった、
 あの家の1階はよく見たら無いでしょう?あの船、変な所にあるでしょう?
 津波であぁなった、地震でこうなった。
 昨日見た同じ景色とは思えなかった、よくよく見ると瓦礫がおかしな所にあったり、
 人が住んでいなかったり、奇妙な更地だったり。ちょっとした違和感に気付いた。
 松島は、ガランとしていた。此処は前宮島と同じ様だった、と言われて驚いた。
 こんな錆びた建物もなかった、と、シャッターのへしゃげた店の前で言った。
 うちもお気に入りの宮島がこうなったら、と思うとぞっとした。
 大変な中観光なんぞして失礼でないか、と言うと生きる為に観光に来てよと言われた。

 ぶらぶらして、うちが広島の催事で初めて食べて感動した牛タン屋に行った。
 その時の感動が忘れられない。厚い仙台の牛タンは今までの薄い焼肉屋の牛タン(これも好きだけど)と違い、歯ごたえがありとても美味しかった。
 本場仙台のお店で食べられる事に感動した。
 実に美味しかった、ご飯も好きな麦飯で、付け合せも美味しくて良かった。

 水族館に行った、ここでも多くの生き物が亡くなったそうだ。
 ぷかぷか浮いているペンギンが呑気で可愛かった。
 松島周辺の生き物、という水槽が面白かった。
 小魚や小さな貝が蠢いていて、とても可愛らしく、二人で夢中で見た。
 こういった生態系は自然災害でめげても、新しい生態系が生まれ修復されるんだろう。
 じゃぁ此処に放射能や埋め立て、外来生物など、人の手が入ると忽ち難しくなる。
 人が壊してしまったものは、これからどう直していかないといけないだろうか。
 人間が絶滅してから地球が修復してくれるんだろうか、間に合うんだろうか。
 あの有名な沿岸の道は津波でめげて通れなかった。
 船で松島観光に繰り出した。
 幾つかの島は津波で形を変えたらしい。
 それでも松島は島に守られ津波の被害は少なかったとか。

 船の案内のおじさんが、この仙台~松島の沿岸部の津波の被害状況を教えてくれた。
 塩釜港で降りた、そこから駅までの暫く、住んでいる人はほとんど居ないらしい。
 Rにまた案内され、塩釜駅から仙台へ戻った。

 一度Rの家に戻り、荷物をまとめ、駅前へ戻った。
 駅ビルのコムサカフェでタルトを食べた、とても美味しかった。

 広島にも昔コムサカフェがあったが、もっと小さなケーキしかなかった気がする。
 うちの希望でロフトに行った、仙台の大きなロフトに感動した。
 昨日のヤマダの品揃えに驚いたが、もっと凄い品揃えのヨドバシがあるらしい。驚きだ。
 小さな折り畳み傘やフットケア用品で遊んで、夜行移動用の枕を買った。
 その上の本屋で小さな、鉄道と震災の記録、という本を買った。

 実際に、東北に行くと知らなかったことに沢山会った。
 じゃぁ、東北に行かないと駄目かというとそういうわけではない。
 実際に見るのは一つの切欠やパーツだろう。
 今はネットが発達して、生々しい情報が沢山飛び交う。
 勿論デマもある、情報量も膨大だが、加工前の情報でしか知り得ないことは沢山ある。
 そういうことを、自ら知ろうとするか、それとも受動的な情報で満足するか。
 と、Rはもっと、もっと自分の気付かなかった色んな話をしてくれた。
 知らないことは恐ろしいし、知ることもまた、恐ろしいと思った。
 66年前の8月に、広島・長崎に何が起こったか知らない人も沢山居るでしょう。
 うちは広島で平和教育を受けて、1945年8月に何が起こったか知っている。
 興味を持った人はネットでも何でも色々知ることが出来る、興味がなければ知らない。
 場所がどう、経験がどうかだけではない、知ろうとすれば得られるんだと思う。

 最後にもう一度ずんだを頂いた。書いていないが朝も食べた。
 のんびりしていると夜行バスの時刻が迫り、どたばたとRと分かれてしまった。
 この数日、実に濃厚な時間を過ごさせてくれたRに感謝した。
 友人と言うものは良いな、と思う。
 もし何か辛いことがあり、それでも必死で楽しい事を思い出そうとした時、
 そのほんのひとコマに、自分と共に過ごした時間があれば、実に幸いに思う。
 本当に会いたい友人ならば、いくら別々の人生を歩んでも必ずまた会えると思う。
 その時、何もあなたにに恥じることはないと胸を張れる自分で居たいと思う。
 Rは、もしも私が人として間違えた時、きちっと訂正をしてくれる人だろう。
 そんな友人に出会え、本当に良かったと思う。


 27日、名古屋に着いた。
 スパに潜り込んで入浴をし、再び仮眠を取った。
 少し疲れが溜まっていたのか結構だらだらした。
 石の即売会である、ミネラルショーに行った。
 本来なら此処で鑑定の試験を受けるつもりなのだが、
 今回はどうしても日が合わなくて出来なかった(´・ω・`
 バスの移動でのSAで買った大きなパンが朝ごはんで、会場に乗り込んだ。

 京都会場より狭く、でも人はかなり居た。
 最初は身動きが取り辛く、2,3件見るのも大変だった。
 動き方が慣れてきてからは、割とサクサク動けた。
 特に目当てはなく、500~1000円位の標本をちょこちょこ買った。
 「g何円」とか書いてあって、小さな標本が箱にばらばら入っているエリアが好き。
 あと、「500円均一」とかでザクザク入っているのとか。
 小さくても色分かれしていたり、面白いインクルージョンがある標本を探して買った。
 トルマリン等を売ってるパキスタンあたりのオジサンが凄くオマケをしてくれた。
 少し大きい買い物は、綺麗な結晶が生えていたセレスタイトの3千円と、
 柱のしっかりしたアクアマリンの2千円、オパールの2千円くらい。
 あとは千円以下。

 大分満足して、栄へ繰り出した。
 前回エグイ見た目と裏腹に美味しかった奇妙な食べ物「あんかけスパ」を目指した。

 前回はチャオ、今回はヨコイ、と有名どころを2つ食べ比べてみた。
 味の違いなんて分からないけど、やっぱりクセになると思う。
 オアシス21に行くと、DSを持ってきてないことにがっかりした。
 色違いのサザンドラ、ゴルーグを配信しているらしかった・・・。
 地下をうろつき、パルコやその付近のオシャレなショッピングビルに入り込んだ。
 キャスキッドソンの直売店があったのが嬉しくって、文具を幾つか買った。
 パルコは広いしオシャレ、雑貨、ぬいぐるみ、文具、面白いものが沢山あった。
 外はなんだか祭りで盛り上がっていた。
 「日本ど真ん中祭り」なるほど、地理的にズバリ名古屋は中心だと思った。
 オシャレな街だし、関東・関西とアクセスも良い、住んでいて面白いだろうな。
 広島の、フラワーの、屋台が少し小さくて、パレードも余り派手じゃない感じ。
 大きな道路を使って行っている点が似ている。
 こうやって、地域毎に特色を出し、盛り上げているお祭りなんかが好きだ。
 名古屋はこんな所、新潟はこんな所、仙台はこんな所、と違いがあるから面白い。
 広島ではカープの応援歌が商店街で聞こえるように、
 仙台では楽天で名古屋では中日、地域が活気付くのは良いなぁと思う。

 地下鉄に乗って名古屋駅に戻った。
 小腹が空き、駅前のきしめんを食べた。
 観光客向けのお店で、いかにもなエビフライも付いてきた。美味しかった。
 まだ名古屋飯で味噌カツとちゃんとしたエビフライを食べてない。
 デパートの高島屋を見物して、確認の為時刻表を見に、駅に戻った。
 大雨の影響で米原~京都の新幹線が動いていません、とあった。
 鈍行で名古屋→京都に帰り、京都から夜行バスに乗る予定で、一応聞いてみた。
 駅員が「米原~京都は新幹線も鈍行も駄目、復旧の見込みは立ってない」と。
 急いでバスの時刻を確認したら、夜行バスに間に合う最後の便があと少しで出るらしく、
 ささっと身支度をしてもう一度別の駅員に聞いてみた。
 「鈍行はずっと動いています、新幹線は今運行を開始しました」
 おぉおい、大嘘じゃないか!
 すっごく吃驚したのに、明日帰れるかと危惧したのに。

 残りの時間を駅のお土産街道を眺め、鈍行でゆらゆら京都へ。
 ドハデに関西弁を喋る女学生が増え、関西へ近づいているんだと実感した。
 京都で夜行バスに乗り換え、また大阪でバスを乗り換え、広島へ。
 一度休憩地点で寝過ごしてしまい、キツかった。
 休憩の度きちんと水分を取り、排出し、ちょっと体を動かさないと夜行はキツい。
 朝広島に戻り、一度家に帰り、仮眠を取って、出勤。
 家に帰り、その日の仕事をきちんとこなすまでが、旅ですね。
 その後、この経験をいかしてどう生きるかも、旅の醍醐味なんですかね。
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まとめteみた.【長期・後半】

25日、すこし朝寝坊をしてRと仙台駅へ。駅中のずんだ屋で美味しいと進められたずんだ餅とシェイクを頂く。これが予想より遥かに美味しく、この2日間ずんだ三昧となった。列車に乗っ

まとめteみた.【長期・後半】

25日、すこし朝寝坊をしてRと仙台駅へ。駅中のずんだ屋で美味しいと進められたずんだ餅とシェイクを頂く。これが予想より遥かに美味しく、この2日間ずんだ三昧となった。列車に乗っ

まとめteみた.【長期・後半】

25日、すこし朝寝坊をしてRと仙台駅へ。駅中のずんだ屋で美味しいと進められたずんだ餅とシェイクを頂く。これが予想より遥かに美味しく、この2日間ずんだ三昧となった。列車に乗っ
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