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長期・前半

 自己満足で書いていますので、長くてうだうだして読み難いです。

 20日の夜、いつも通り駅裏からバスで出発。
 流石ゴールド会員、足が伸ばし放題の一番前席。

 21日8時に東京着の予定だったが事故で迂回をしたらしく9時過ぎ。
 着いた所からスパが少し距離があり、迷う。
 前大阪で利用した時はちゃんと案内してくれたのに、不親切だった。
 スパで少し仮眠と入浴をして、5,6年ぶりに会う友人と待ち合わせ。
 新宿駅で~と言っていたのだが流石新宿、広すぎて迷ってなかなか。
 新橋に移動してスタバでお昼を食べてうーじゃーぱーじゃー駄弁ってお別れ。

 試験会場に着いたら自分が最後で皆揃っていた、これが精鋭部隊というものか。
 うちが一番若かったような気がする、男女比1:1位だったのが驚いた。
 見るからに!な腕にぶわーっと着けてる人や、なーんにもやってない人も。
 うちはこの旅行通して、大きいターコイズのペンダントを着用してました。
 やや殺気立った会場でやや腹痛。ここ数日クレーマーのストレスでか、
 腹痛が酷かった。腹痛が酷いのは生まれて初めてかもしれない。
 試験は\^o^/ 無色トルマリン とか ウィリアムサイト とか。
 ダイヤの比重とか、ルビーの「川流れ砂利状」とか、細々と出た。
 試験が終わると皆会話もせずさらーっと帰っちゃった。
 マイミクさんも一言も交わさずさらーっと帰っちゃったので少し(´・ω・`

 東京はいつ行っても、どこに行っても、人が多い。
 初めて東京に行った時、いつか此処で、少しだけ暮らしてみたいと思った。
 1年か2年位だけ。定住はしたくないと思った。今も変わらずそう思う。
 でも焦る事はない、いつかこうなるだろうと思っていればそうなる気がする。
 この東京の人たちにも故郷があり、いつか帰りたいと思う人もいるだろうし、
 此の地で生きようと決めた人も居り、帰りたい故郷が無い人もいるかもしれない。
 あのヤザワは若い頃に広島を飛び出し、もう広島に未練はないと言ったらしい。
 津波や原発事故で帰りたい故郷に帰れない人も多いでしょう。

 新橋から少しヨドバシとか見て、長い長い列車の旅へ、鈍行で松本へ。
 東京圏を越えたら人も減り、同じ匂いのする人たちとゆったり。
 最初から最後まで一緒だったサル顔のお兄さんが見てて面白かった。
 つり革に捕まってぶらぶらしたり、数分停車する駅でうろついたりと。
 きっと気ままな青春18切符の旅なんだな、と思った。
 夜も更け、景色を楽しむには少し暗かったが、途中の駅に葡萄の木があって面白かった。

 松本に着くと20時。大変お腹がすいていたが、どのお店も閉まっていた。
 ホテルに着くとサービスでお部屋に松本で作ったらしいビスケットが置いてあった。
 感動した、空腹時こそ美味しく感じられる。満足して、就寝。


 22日、起床。このホテルは朝ご飯が実に美味しいらしく、期待。
 朝ご飯前にコンビニへ、自転車を借りて外に出た瞬間、雨が酷くなった。
 朝ごはんは、矢張り美味しかった!かぼちゃスープと漬物が特に良し。
 小奇麗だが狭く、人が多くゆっくりは出来なかったのが残念。
 ホテルはお値段は張ったがとても感じが良く、部屋も綺麗で満足だった。
 チェックアウトして、まずは松本城だろ!と思いのんびり歩いてお城へ。
 町並みは呉を思わせるノスタルジックな雰囲気で、こまい可愛いお店も。
 少し朝早くあまりお店は空いてない。川が流れている町は好きだ。
 お城は可愛い感じ、赤い橋、お堀、そして小雨がまた情緒を誘う。

 そして松本駅から鈍行で、名高い大糸線へ!と思いきや・・・。
 私は大変な勘違いで、別方向の駅に行ってしまい(´・ω・`;;
 仕方ないので、途中まであのあずさ号に乗って。乗る予定だった電車に追いつく。
 その道中が同じだったのがどうやら鉄オタと呼ばれる男性。
 乗り鉄+撮り鉄らしく、車窓の景色を只管、撮る!電車も、撮る!
 鉄オタのイメージとは違い、若くてなんだか可愛い顔をしていた。
 信濃大町辺りで乗り換え、ここからの大糸線は一両列車。
 あれ?一両にこんなに人が入るっけ?って位の、人。
 わや人が多くて驚いた!列車はギュウギュウで長い旅へ。もう絶景でした。
 うちの見る列車の景色は呉線で、多島美の瀬戸内を眺めながら~と
 また人気のあるローカル線ではありますが、この大糸線の渓谷の美しさはまた!
 鉄橋に差し掛かる時の「がたんがたん」という音、所々であげる汽笛。
 大変情緒溢れる列車に、姫川の美しさ、日本アルプスの山々。と、絶景!
 鉄オタのお兄さんに前の一番良い所をとられ、列車の後ろから眺めた。

 糸魚川に着くとそこは翡翠の聖地。駅前に勾玉、商店街にも翡翠の文字。
 翡翠は実に日本人好みの宝石、決して派手ではなく、慎ましい美しさ。
 糸魚川の翡翠は白で所々緑が入る、その白×緑の美しさがとても神秘的。
 光を当てると一層に輝き、はっと息を呑む美しさを魅せてくれる。
 まずはジャブ、玉翠園と谷村美術館へ。
 変わった作りの美術館で、仏像に合わせて美術館を作ったらしい。
 白く砂の城のような建物で「シルクロードを巡るイメージで」と言われ、その世界観に浸ってみた。
 仏像だとか、あまり興味がないのだが、建物の雰囲気と合い綺麗だった。
 玉翠園を眺めて、そこのお姉さんに翡翠園までの道を聞くと丁寧に教えてくれた。
 翡翠園にたどり着くまで矢張り少し迷った。
 コバルト翡翠の巨大な塊や、翡翠彫刻(アベンチュリンやネフライトもあった)を眺めた。
 若いカップルが居た、そのカップルと共に案内のお姉さんの話を聞いた。

 そこからタクシーでいよいよ前半のメイン?フォッサマグナミュージアムへ。
 つまり地層や鉱物、地球や日本の出来方、を説明してくれる博物館です。
 感動しまくり、興奮しまくり、おぉおおぉ!
 何故糸魚川付近で翡翠が出るのかという話や、日本の成り立ち、
 化石から鉱物から何から何までうんたらこうたらあり、ワクワクしました。
 博石館は、石について。フォッサマグナミュージアムは日本の成り立ちから。
 実に堪能できました。

 何億という時の中で何度も想像を超える地震や津波、噴火を繰り返し、それを自然が修復し、整え、また何百年もしてそれを繰り返し、繰り返し、今の大地を作り上げてきた。
 この度の震災、津波、事故は実に不幸なことだったと思いますが、地球は其れを当たり前に繰り返してきたんだなと思った。
 これだけ大きな顔をしている人間もいつか恐竜のように滅びるんだろうか。
 どれほどに大きな流れの中で生きているのかと実感した。
 何億という昔の 藻 の呼吸が、化石に残っているんだってさ。
 たった80年ぽっち生きる人間が酷く地球を汚すようなことをして良いのかと思った。

 同じタクシーで糸魚川駅へ、紹介された駅前のお店で特産だというエビの天丼を食べた。
 実に美味しかった、大きめの甘エビで、プリプリで甘かった。
 商店街を少し歩いて日本海を見た。
 普段見慣れた瀬戸内と違い、どこにも島が見えなかった。地平線!地平線!
 空には虹がかかっていた、昨日雨が降ったらしい。天気の巡り合わせに感謝した。

 電車は暫く日本海を臨みながら走った。
 途中の筒石駅は地下にあり、その上赤い切符も売っているとかでワクワクした。

 高田は此れが新潟の奥地なのか?というくらい、開けていて、綺麗な町だった。
 またも小さな川が流れていて、好きな雰囲気だったが、矢張り夜は早かった。
 ホテルは見た目が綺麗で、値段も安く、
 良いホテルかと思ったのだけど、掃除が行き届いておらず多少不快だった。
 ぱっと見た目の綺麗さだけではいけないと思う。



 23日、早々とホテルを出て、くびきの という少し高級感のある列車で新津へ。
 田んぼの広がる風景を眺める。
 新津で「大雨で磐越西線は動いていません、バスを使ってください」と言われ、待ち時間の間で新潟まで足を伸ばす。
 新潟では米菓が凄いと聞いていた、矢張り凄かった!
 おばちゃんが亀田製菓がいかに偉大かと語ってくれた。
 うちらでいうマツダとかだろうか。
 兎に角米を誇り、鮭が美味いと聞いたので、鮭しぐれという弁当を買って新津へ。
 磐越西線も景色が有名で残念なのだが、バスに揺られるのも悪くない。
 お弁当を食べながら、渓谷美を眺め、電車が動く津川まで。
 津川から可愛い赤い電車に乗って、会津若松へ。
 
 会津若松では人懐っこそーな顔をした赤ベコがあちこちに。
 特にデフォルメされた人形を買った、凄くかわいかった。
 白虎隊の伝説が残る地ということで、早速縁の地に向かった。
 バスが凄く可愛くって、一日中乗り回した。

 バス。
 日本や地球の歴史に興味を持つくせに、人間の歴史には余り興味を示さない。
 それでも、白虎隊の伝説は胸を打つものがあったし、さざえ堂はとても興味深かった。
 白虎隊のお墓周辺はとても景色が良く、楽しめた。
 さざえ堂はちびっ子と共に入ってみた、建築物は割りと好きかもしれない、面白い。
 下ると、観光客用のお店で色々捕まった、なんて商売上手なんだろう。
 「どっからきた?」「お茶どうぞ」なんて言われ、買わずに帰るのでやっとだった。

 今度は七日町へ行った、これまたレトロで、小さな建物がびっしり。
 昭和の日本(残念ながら生きたことは無いが)を思わせる風景で、ほっこりした。
 七日町の駅がまた可愛かったし、雑貨も売っていて行ってよかったと思った。
 会津の郷土料理を食べるほどの腹は無く、趣のあると聞いたカフェに入った。
 蔵を改造したらしい。
 広島でも素敵なカフェは沢山ある、開放的な雰囲気が多い気がする。
 こちらはまた少し変わった感じの、こじんまりした、良い意味で閉塞的な感じだった。
 ハヤシライスを食べ、コーヒーを飲み、外に出ると大雨になっていた。
 アーケードを通り、例の可愛いバスが来るバス亭へ走った。
 中学生くらいの少女と少し言葉を交わしてずぶぬれになってバスに乗った。
 これから城を見に行く予定だったが諦めて、バスの車窓から見た。
 同じような観光客も居るようだ。
 しかしこのバス、見所をきちんと巡ってくれるらしく、割と堪能できたと思う。
 ある店で、店の人が応援しているのか、マエケンのポスターがあったのが嬉しかった。

 白虎隊は15前後の少年で結成された部隊で、皆(一人は生き残った)自害をしたそうだ。
 その理由が、山から見た町が燃えており、其れを城が落ちたと勘違いした、らしい。
 少年故の判断、団体故の行為でないか、と、地元の人が教えてくれた。
 人間が作った歴史は、地球の歴史に比べて浅いものではあるけれど、
 その中で皆一生懸命生きたんだなと思うと感慨深かった。
 昔の人が城を支えにしていたように、今もその町の人たちはお城を誇りに思っているんだと知ると、人間の歴史も深いと感じた。

 電車で郡山へ。
 だんだんと暗くなり、雨が降り続き、雷が鳴り、怖いながらも風情があった。
 がたんがたんと青い闇を切り裂いて走る列車が時折汽笛をあげた。
 炭鉱かどこか、暗い所へと運ばれていくような気がした。
 少し懐かしいような、物悲しいような、雰囲気だった。
 隣に座っていた多分旅の途中のおばちゃん二人組と時折会話をした。
 一人旅の楽しさはこうやって時折物思いに更け、雰囲気に酔うことだと思う。
 人が居るとそうも行かない。
 雰囲気に酔おうものならなんてナルシストだと思われそうだ。

 郡山の駅は広かった。
 路線図を見ると、磐越線と東北本線が交差し、新幹線と、近くには水郡線が走る交通の要所だ。
 少し迷っておじさんに声をかけると、酷い東北訛りで聞き取れなかった。
 丁寧に教えてくれたおじさんに感謝したが、東北の方は本当に、言葉が分からない。
 磐越西線は大雨で止まっていたが、明日通るのは常磐線やらの沿岸部。
 津波で酷い被害を受け、原発で入ろうにも入れないところもある。
 自分が行くルートがどうなのか、郡山駅で確認をし、時刻を調べ、ホテルへ。
 津波でめげた所にはバスがいけるが、原発付近にはもう入れないとのことだった。
 郡山のホテルは値段と比べて、3日で最も良かったと思う。
 コスパを抜けば初日のホテルはとても良かったが、幾分高かった。
 雨だった所為か、皆が洗濯機を使い、待たざるを得なかった。
 洗濯を終わらせ、漸く就寝。


 24日、朝はホテルで頂いた、ホテルにはオジサンだらけで何故だろうと思った。
 津波や地震で破壊された場所を直しに来ているらしい。なるほど。
 あぶくまライン(磐越東線)でいわきへ。
 いわきにてロッカーで手間取ってしまい、乗換えが上手く行かなかった。
 あぶくま線はまた、とても綺麗だった。
 もうこの列車の旅で風景には綺麗だとしか言っていないが、それほど綺麗だった。
 緑の深い中を縫って走り、朝のまどろみの中で電車に揺られた。
 虫がしょっちゅう電車に飛び込んできた。
 いわきでは電車待ちの間にデパートでうろついた。
 そして泉へ、アクアマリンふくしまは昔から最も行ってみたかった水族館。

 バスに揺られ、暫く歩いてたどり着いた。
 道路はあちこちひび割れ、陥没をし、空き地や瓦礫が目立った。
 アクアマリン前の信号機は停止しており、なかなか道路を渡れなかった。
 矢張り、津波の影響らしい。かなり広い地域で爪跡が見受けられた。
 水族館とは、海獣がショーをして、可愛い動物を中心に派手なイメージがある。
 アクアマリンふくしまは博物館のような、
 此の魚が大昔こんな姿で、こうやって進化して、こんな特性がある。
 とか、こんな生態系があり、これらは絶滅の危機に瀕している、といった内容。
 地層の話、日本の出来方、等もあり、なんとまぁ水族館なのに化石もあり。
 ウワサに違わぬ勉強になる水族館だった。
 チャラ男が「ショーとかないん?」と不満を言っていた。
 水族館の復興日記を読んでいた。
 どんなに必死で生き物を生かそうとしていたんだろう、と思うと胸を打たれた。
 それでも多くの生き物が死んだらしい。
 博物館をベースにした水族館らしく、原発や津波についてのデータも揃っていた。
 清楚そうな女が一生懸命読んでて、すこし潤んでいた。
 大きな水槽に余り生き物が入っておらず、少し寂しかった。
 野生動物の写真が沢山飾っており、とても圧倒された。
 生きた化石、シーラカンスについても詳しくあり、とても面白かった。
 大変満足した水族館だった。

 あっちこっちに興味を広げてみると、動物が食物連鎖で繋がっているように、
 大地も、生き物も、植物も、そして人間も、全て繋がっているんだと感じた。
 化石なんてそりゃぁ太古の生き物が石になっているわけで、生き物とつながっているのは当然だろうし。
 石と化石ばかりを見ていても、深い知識は得られないんだと思った。
 自然や人間、歴史の深い繋がりを知って、もっと深い知識を得たいと思った。
 この世のあり方や流れを知ってこそ、本質が掴めるような気がした。
 学生の頃は興味の無いことを勉強しても・・・と思っていたけれども。

 アクアマリンふくしまを出て、ラ・ラ・ミュウ方面に歩いてみた。
 ララミュウは閉まっているけど、津波というものがどんなものか見てみようと思った。
 温暖な瀬戸内で暮らしていると津波にピンとこない。
 もしも、あの日、その土地にいたら、うちは決して逃げ切れないと思う。
 海沿いは大きな更地が広がり、道路は穴ぼこだらけだった。
 此処に一年前に来たらどんな風景が広がっていたんだろうか。
 適当にタクろうかと思いきやちっとも通らないのでバス通りに戻って捕まえた。
 運ちゃんがまたものすごい東北訛りで全く以って分からなかった。
 でも、地方訛りは割と好きなので、それはそれで面白かった。
 会津若松に行ったと話すと喜んで会津若松の思い出を話してくれた。

 泉駅に戻って湯本に行った。
 湯本では化石・炭鉱館、ほるるという建物がある、兎に角化石の博物館だ。
 すごいすごいすごい、と言いつづけた!
 兎に角化石があった。木の化石、骨の化石、うんこの化石、足跡の化石。
 触れるものも多く実に楽しかった。
 化石の種類とか、出来方、見た目、そして歴史。どこまでも化石。

 炭鉱館の部分は・・・原爆資料館のトラウマ再び、という感じだった。
 先ず、「炭鉱体験」とかいって、エレベーターに乗せられる。
 エレベーターの中は暗く、アナウンス「炭鉱の内部を体験してもらいます」云々。
 地下深い炭鉱を演出してか、長い時間エレベーターが動く。暗い。軽くパニック。
 着いたら矢張り薄暗い。右手にあの、あの原爆資料館の蝋人形が!
 働く人たちの模型らしいが、急にスイッチが入って動く。
 見渡す限り生きている人間は自分だけなのに蝋人形が動く音。あまりに不気味。
 走って通り抜けた。笑えなかったっす。
 地上に出て漸く安心した。

 湯本駅へと歩く途中の和菓子屋でちょこっとお饅頭を買って食べた。
 湯本は名前通り温泉があるらしく、駅前の足湯でちょっと温まった。
 アイスクリームまで食べて、簡単に温泉気分になった。
 いわきに戻って、再びいわきを歩いた。
 アクセサリーな石屋を見つけた、綺麗なローズのビーズがあったので思わず買った、お店の人がとても感じよかった。
 雑貨屋では可愛い子柴犬が番犬をしていた、もうものすごく愛らしかった。
 いわきはパン屋が多いように思えた、お惣菜系のパンが特に多い気がした。
 2件ほどで、サンドイッチとか、豆パンとか、結構買った。
 福島県民のママの味はミルキーでなく「ままどぉる」らしい。お土産に買った。
 後に持って行くのを忘れてしまい、12個全部自分で食した\^o^/美味しかった。

 そこから鈍行で只管仙台に向かった。
 常磐線は原発で通れず、迂回してあぶくま線と東北本線とで仙台へ。
 ここ数日は20時にはホテルに着くように列車に乗っていたが、
 この日は遅く、見渡しても旅の格好をした人は見えず、なんだか物悲しく感じた。
 22時に仙台に到着し、明日乗る列車の時刻を調べた。
 友人Rと合流をし、家へお邪魔した。
 久々に会い、話が弾み、なかなか寝られなかった。楽しい夜だった。
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まとめteみた.【長期・前半】

自己満足で書いていますので、長くてうだうだして読み難いです。20日の夜、いつも通り駅裏からバスで出発。流石ゴールド会員、足が伸ばし放題の一番前席。21日8時に東京着の予定だっ

まとめteみた.【長期・前半】

自己満足で書いていますので、長くてうだうだして読み難いです。20日の夜、いつも通り駅裏からバスで出発。流石ゴールド会員、足が伸ばし放題の一番前席。21日8時に東京着の予定だっ
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